2005年01月08日
自転車のメンテナンス
昨日、何時間もかけて自転車“蒼き狼号”をメンテナンスした。
本当はもう引退させて、新しい自転車を買いたいなと思っていた。十分すぎるほど走らされた訳だし、至る所にガタがきていて、乗っていてかわいそうになっていたのだ。パーツは全部取り外して、フレームだけにして部屋に飾ろうかなどと思っていた。
フロントもリヤも限られた範囲しか変速機が動かなくなっていたのだ。以前転倒したときにリヤの変速機をぶつけ、それ以来もうだめだろうとあまりメンテナンスをしていなかった。ブレーキも利きが悪いしボトムブランケットやハブにもガタがある。数週間前にぼろぼろだったサドルとグリップを交換したのでまだましになっていたが、それでも状態は良くなかった。
でも、ちょっとだけ直してみようと思った。いろいろいじればいかにぼろぼろの状態か分かると思ったのだ。そしていじりだしたら、ハマってしまった。今までもう直らないと思っていた部分が、手を付けてみると意外と簡単に直ってしまった。単に潤滑油が切れていただけ、単に調整が不足していただけ、単にパーツが消耗していただけだった。
シフトワイヤーを一旦取り外し、アウターワイヤーを交換し、潤滑油を丁寧に注した。フロント、リヤのディレイラー(変速機)も丁寧に潤滑油を注し、変速機が動く幅を制御するねじを丁寧に調整し、フロント3段、リヤ8段すべてにちゃんと変速できるようにした。ブレーキも一旦ブレーキワイヤーを外し、アウターワイヤーの中に潤滑油を注し、しっかり調整しきちっと利くようにした。もちろんチェーンにもしっかり油を注した。
そうしたら、いい感じなのである。なんというか、凛々しいのである。よぼよぼだった筈なのに、何時間か手を加えただけで、百戦錬磨の勇者の風格なのである。本当はもうダメだと確認し、新しい自転車を買いたいなと思っていた。最近よく本屋で自転車雑誌を立ち読みしていた。でも、考えを改めた。もうちょっと付き合おうと思った。
はっきり言って、まだ至る所にガタがあり、完璧ではない。特にボトムブランケット(クランクの付け根)のガタは自分では直しようがない。面倒なハブの調整も必要だし、リム、タイヤ、リヤディレイラー、チェーンなどのパーツも消耗しており、買い替えるとなるとかなり高くつく。
でも、まだ現役で走れる状態に戻った。そしてこれが重要なのだが、「この自転車はかっこいい」と思った。フレームについている無数の傷や、バーエンドの握る部分のテカリや、キャリアやねじのサビなど、見るからに年季が入っているのである。じろじろと自転車を眺め回し、撫で回し、惚れ惚れしてしまう。なんてかっこいいのだろうと思ってしまう。見直してしまった。
正直言って、今まで僕は蒼き狼号をほったらかしていた。酷使に次ぐ酷使をし、何万キロ、何十カ国と苦労を共にしたわりりには、彼は不当な扱いを受けていた。愛情もほどほどであった。でも、久しぶりに手入れをしたら、急に大好きになってしまった。どうしちゃったんだろうと思う。ぺたぺたと自転車のあらゆる所を触りたくなるほどなのである。今日、ちょっと走ってみたら、「自転車いいじゃん!」と思った。この早さといい、このエネルギー効率の良さといい、自転車から眺める移り変わる風景といい、とってもいいのである。
何か、自転車に乗っていると、あらゆる事がうまく回りだすような気さえした。不安は移り変わる景色とともに後ろに追いやられ、視線はあくまでも前方を向く。自力で進む。バランスをとる。エネルギー効率が最善となるように勾配や風に合わせてギヤをシフトする。ブレーキはいつでもキュっと利くようにして危険を回避する。そういうひとつひとつの事柄が、人生を明朗に生き抜く知恵として染み込んでくるのだ。
きっちりメンテナンスをすること。特に駆動系への注油は絶対である。メンテナンスを怠りエネルギーロスの多い状態で乗ると楽しくなく、危険で、不安である。でも、交換すべきパーツは交換し、きっちりメンテナンスをしさえすれば、自転車に乗ること自体が楽しくなり、もっとずっと遠くへ行ける。ぐじぐじと腐ったりしなくなる。だから、2005年は、きっちりとメンテナンスをしたい。気がついたときにちゃんと対応したい。そうすれば、生きること自体が、大変だとしても楽しくなるだろう。自転車に乗り風を切るイメージで生きたい。
投稿者 tsuyoshi : 2005年01月08日 00:57
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