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2005年06月21日
地図の上書き
仕事が終わってから伝票を整理するときに今日一日どこを走ったのかメモをとりました。
それを元に、今日走ったコースを書きます。
地名は、荷物をピックアップしたり、デリバリーしたりした所です。
阿佐ヶ谷→西麻布2丁目(通勤)西麻布2→八重洲1→内幸町2→霞ヶ関3→芝公園2→高輪3→上大崎3→六本木1→赤坂2→霞ヶ関3→赤坂5→紀尾井町、昼食30分。
紀尾井町→赤坂8→赤坂4→赤坂4→永田町2→麻布台1→東麻布1→北品川3→東品川2→高輪3→平河町1→一番町→麹町4→麻布十番1→丸の内1→八重洲1→銀座1→東麻布2→六本木6→西麻布2
西麻布2→阿佐ヶ谷(通勤)
今日はなかなかよく走った一日でした。
とても暑い一日でした。
これで100km強ぐらいかと思います。
このように東京を右往左往するのが僕の日常です。
今日は一の橋(麻布十番)交差点から飯倉片町を経由し六本木2交差点への道を、都合三回ほど通りました。もちろん「一の橋--飯倉片町--六本木2」が繋がっていることは知っているのですが、ものすごくよく使うルートというわけではありません。二日に一回使うかどうかといったところです。
そこを今日は3回も通りました。そしてそのことで、「一の橋--飯倉片町--六本木2」がより緊密に繋がり、体内地図の強度も上がりました。「一の橋--飯倉片町--六本木2」が繋がっていると思い出すのではなく、瞬時にイメージできることが地図を身体化するということなのです。このように毎日東京の都心の地図を上書きし、更新しているのが具体的な僕の日常です。
明日は雨だそうです。雨だと疲労が倍増します。
明日に備えて早く寝ることにします。
投稿者 tsuyoshi : 23:26 | コメント (4) | トラックバック
2005年06月18日
二つの地図
僕の部屋の壁には二つの地図が貼られています。
一つは世界地図、もう一つは東京の都心詳細図です。
世界地図の縮尺は3千8百万分の1、東京の都心詳細図は1万五千分の1です。
二つの地図はほぼ同じ大きさなのですが、表している範囲には約2500倍の違いがあります。
僕は毎日、この二つの地図を見比べながら生活をしています。
そうすることによって、二つの縮尺を身体知として獲得したいと思っています。
世界地図にはただの点でしかない東京。
その点を2500倍拡大すると、交差点名もビル名も読み取れる地図になります。
そしてその地図の中を、僕は毎日メッセンジャーとして右往左往しているわけです。
特に、渋谷区、港区、中央区、千代田区、新宿区の南半分を走り回っています。
この範囲ならば、地図上の地名が実際はどんな光景なのか、大体分かります。
すべて分かるというわけではないのですが、かなり分かります。地図はある程度まで身体化されています。まだ所々で道の繋がりが曖昧だったりはするのですが、毎日この範囲を重点的に100km程走っているのだから、少しずつですが、地図は日を追うごとに確実に体に染み込んでいっています。
大手町1丁目から渋谷3丁目まで、どれぐらいの距離があるのか、体が知っています。
西麻布二丁目から銀座7丁目まで、どのようなルートがあり、どのような起伏があり、どのような光景があるのか、かなり記憶されています。
この、「地図が体に染み込んでいく喜び」が毎日あるから、僕はメッセンジャーを続けられているのかもしれません。
そして世界地図。
この地図には3年5ヶ月かけて引いた4万5千キロの線があります。
そして、その長さを思い出すことができます。
自分の力で走った距離だから、例えば「ユーラシア大陸って大体これぐらいの大きさ」と想うことができます。地図をじいっと見つめて、イランの乾燥した地平線を思い出すこともできるし、タンザニアのサバンナも思い出せます。そして当然のことながら、出会った人や、そこを走っていた時の自分の心の状態もありありと思い出します。
世界地図は雄弁です。例えばたった二文字「ラサ」という字を見つけるだけで、思い出す感情は膨大です。世界地図には行間がたくさんあります。
壁に二つの地図を張り、毎日見比べて、時には見入ったりして、僕は一体なにを企んでいるのか、実はよく分かりません。しかしながらとても刺激的であることは確かです。なにかとても好ましい感覚があります。ミクロとマクロの視座と言ってしまえばそれまでなのですが、その視座は同時に身体化もされているのです。体が視座と連動して反応するのです。これはかなり希有な経験だなと、毎日地図を見比べながら思い、僕は興奮さえするのです。きっと僕は地図が好きなのでしょう。そして地図を身体化するのが大好きなのでしょう。
体が知っている地図。
それが2500倍違う二つの縮尺であるということ。
それだけのことが、何かもどかしいほどに、嬉しい気持ちにもさせ、嬉しく苦しい気持ちにもさせます。
