2005年12月01日

指が覚えるということ

「エイハブ船長 1級」の想像クライミング。

左手を縦のガバに、右足をのせ、右手のガバポケットを取る。左足をのせ、右足は外し、左手を一度縦カチを中継してから、非常に悪い縦カチを取る。がんばって左手の縦カチで耐えながら、右足を上げ、左足はスメア。右手のガバポケットは若干横向きに利かせる。その体勢でランジで右手のカチを取る。体が止まったら右足をガバポケットへいれ、右手でリップをとる。左足を縦カチに上げて、左手もスローパーぎみにリップをとる。右足をあげ立ちこみ、慎重にマントルを返す。右手でポケットをとり、体を上げ切り終了。核心は左手の悪い縦カチで耐えながらのランジと、左手がスローパーのマントル。

こう書いて意味が分かる人はクライミングをやっている人。専門用語だらけです。「ガバ」とか「カチ」とか「スローパー」とか「ポケット」とかは手がかりの形状です。「ランジ」とか「マントル」とかは特徴的な体の使い方のことです。

エイハブ船長は、僕の場合6、7手です。ボルダリングとは、2〜4メートルの岩(石ころ)を、ロープを付けずに登ることです。極端に難しい動きがあり、何度も何度も触り、何度も何度も落ち、ようやく動きを覚え、そして登るのです。ボルダリングは、ほとんどの場合落ちます。だから落下点にマットを敷くのが普通です(敷かない主義の人もいる)。何度も落ちつつ、一手また一手と最高到達点を伸ばしていくのです。何度も触るせいで、岩の形状を覚えてしまいます。どこに足を載せるか、手がかりをどう持つか、くっきりはっきり覚えます。

「エイハブ船長」は、小川山の廻り目平キャンプ場の林の中にある「くじら岩」という巨岩にあるクラシカルな名課題です。おそらく日本でもっとも有名な課題の一つです。20年ぐらい前に、とある人(中山氏という方)がクジラ岩の縦にあるしわを見て、登れる可能性を見いだし、挑戦し、登り、「エイハブ船長」と名付けた課題です。20年前に、よくもここを登ったなと、びっくりしてしまいます。ボルダリングの難しさの「1級」というグレードはこの「エイハブ船長」と、御岳の「忍者返し」に固定され、この課題を基準として他の課題の難しさを決めているそうです。

今では、ハイシーズンにはクジラ岩の周りには、たくさんのボルダラー(ボルダリングをする人のこと)がいます。特に若者の間でボルダリングはかなり人気です。
僕がはじめて小川山のボルダーエリアに行ったときは、ちょっと引きました。黙々とストイックに岩に張り付いている姿が、あまりにもマニアックに見えたのです。手がかりを歯ブラシで掃除し、何度も同じところを登っている姿は、やはり外岩でのボルダリング経験のあまりない感覚で見ると、とてもマニアックに見えます。でも、気がついたら僕も枝の先に歯ブラシをつけて、手が届かないホールドをごしごし掃除して掛かりを良くし、嬉々として登っていました。手にチョーク(炭酸マグネシウム)をつけて滑り止めにして登るのですが、チョークが手がかりにつきすぎると掛かりが悪くなるから歯ブラシでこするのです。

客観的にただ岩を見ているだけでは、どこにでもある岩でしかないのですが、体がその岩の、その課題の、手がかりや足がかりの位置を覚え、体の動きが染み込んでくると、ちょっと恋したような状態になってしまい、またその課題に触りたくて、うずうずしてしまいます。ボルダリングは何度もその課題に、執拗に執拗に触るせいか、いつの間にか岩との親密度がものすごく強くなるのです。川端康成の『雪国』の冒頭部分に、主人公が自分の左手の人差し指をしげしげ眺め「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている」というくだりがあるのですが、とても似ています。クライマーもまた、指先が岩をなまなましく覚えています。

今でも、「穴社員3級」や「ライトスパイヤー3級」の手がかり足がかりの一つ一つを鮮明に覚えています。
「穴社員3級」はこんな具合でした。

左手をピンチでとり、左足は極小スタンスに立つ。右手でポケットをとり、右足をすこしハイステップぎみの大きめのスタンスに上げる。右手でさらに奥のポケットをとり、左足をきり、右足に重心を移動し、クロスで左手でガバポケットをとる。スタンスを入れ替え、右足をポケットに置き、そこに体重をのせ、右手でポケットを中継しつつ、体を伸ばし切り、思い切りよくカチをとる。カチでマッチして、左足をガバポケットに入れ、左手でリップをつかむ。右足は“手に足”で立ちこみ、右手でリップをつかみ、マントルを返し終了。核心は左足を切ってからのクロスムーブ。

こう書きながら、僕は手を交差させて左手を伸ばしたあの体の動きを、手に汗をかくぐらいありありと思い出しています。手がかりの形状や、岩の摩擦の具合は、確かに指がなまなましく覚えています。体を岩に乗せ切るときの緊張感や、登り切った時の安堵感もはっきり覚えています。

ほんとうに林のなかの、どこにでもあるような岩、石ころを登っているにすぎません。
でも、いちど課題に取り付いてしまい、その課題の虜になると、その岩のその課題がかけがえのない大切なものになります。その形状をした岩はそこにしかなく、世界でただ一つだからです。どこにでもあるただの岩が、世界にただ一つの「その岩」になるという過程がボルダリングの醍醐味かもしれません。

だから、その岩に触るために、わざわざ時間とお金をかけて行くのです。異性に恋する過程とすごく似ています。でも、登り切ってしまえばあっさりと次のより難しい課題に気が移る辺りは、ずいぶん違います。女の子相手にそんなことをするとややこしくなる場合が大半だけど、岩は黙っています。こちらが勝手に熱をあげ、勝手に気移りしているだけです。

今週も金、土曜日と小川山に行きます。
もう寒すぎるので小川山は今シーズン最後になります。
エイハブ船長、絶対に登ってきます。
いまはそのことで頭がいっぱいです。
ちょっと緊張してます。


(12月8日追記)

先週の小川山は日中でも零度前後と寒く、金曜日には雪も降り、体がうまく動かず、集中もいまいちで、全力を出せずに終わってしまいました。とても残念です。でも、雪は初日だけで二日目には融けたのだし、岩はよく乾いていたのだし、寒いことは予想していたので、結局は集中し切れなかった自分の力不足でした。
初日は、前回できなかったランジ(飛びつき)で取るこの課題の核心の動きができ、とても調子が良かったです。でも雪が積もりだしたので、マントル(岩に乗り上げる動き)は危険だと思いそれ以上はやりませんでした。次の日に、雪が融けてからやろうと思ったのです。
でも、二日目はなぜかランジが決まらなくなりました。そして何度もトライしている内に疲労してきて、ランジすることさえできなくなり、終わってしまいました。二日目は土曜日だったせいか、この寒いのに多くの人がボルダリングをしにきていました。僕は人が多いと気が散ってしまうようです。それで集中しきれず、力を出し切れませんでした。絶対登るぞと思って来ていたのに全力を出すことができず、なによりそれが残念で情けないです。「永遠の数秒間」は結局一度も味わえませんでした。寒いやら痛いやらで散々でした。本番において全力を出すことが、一番大切なことで、また難しいことでもあるということがよく分かりました。メンタルな部分のコントロールについてはいい勉強になりました。でも、それにしても残念でした。
次にいつ小川山に行けるのか、今の時点では全く分かりません。今月もう一回行けるかもしれないし、来年の4月以降かもしれないし、あるいはタイミングを逃したら何年も行けないかもしれません。12月は御岳でのボルダリングと湯河原でのリードクライミングの予定です。クライミングは相変わらず楽しいです。


投稿者 tsuyoshi : 2005年12月01日 07:07

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