2006年11月11日

「スーパーマーケットにて」

昨日の夕方、モスバーガーで『夜のくもざる』村上春樹著(新潮文庫)を読んだ。
原稿用紙3、4枚ぐらいの「超短編」小説が36本。どれもシュールで、可笑しくて、ナンセンスで、教訓と意味がありそうで、でもよく考えると肩すかしをくらってしまうような下らない話ばかり。村上さんの悪のりして書いている姿が目に浮かぶような、とっても楽しいものばかり。
たとえば、「フリオ・イグレシアス」という話はこんな一文ではじまる。

蚊取線香をだましとられたあとでは、もう海亀の襲撃から身を守る手だては何ひとつ残されてはいなかった。

ナンセンスすぎて、書こうと思ってもちょっとこうは書けない。すごいなーと思いながら、なかなかあたたかい気持ちになり、モスバーガーを出た。
それから、セイユーへ行って買い物をし、とぼとぼ家までの道をあるきながら、この本についてどんな感想を書こうかとあれこれ考えていたら、ちょっと『夜のくもざる』的トーンでぼくもひとつ話を書いてみたくなった。こういう作り話を自分でも書いてみたくなっちゃうような本なのです。

というわけで、以下がその書いたもの。意味もなく、なんの役にも立たないお話です。前回の文章に小説とはうんぬんと書いて、その直後にこんな文章をのせるのはいかがなものか、とは思うんだけど、でもよかったら読んでみてください。題は「スーパーマーケットにて」です。

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「スーパーマーケットにて」

あのときあんなことをとっさに言ったのは、あるいはモスバーガーで村上春樹の『夜のくもざる』を読んだあとだったからかもしれません。
すっかり暗くなったころ読み終えて、モスバーガーを出ました。
それから駅前のスーパーマーケットへ行き買い物をしました。まずエスカレーターで二階へいき、かごを持って魚売り場でほっけの開きを一つ入れました。それから肉のコーナーで三割引になっている豚ハツとしろもつを入れて、味付きの牛肉とインゲンのパックも半額になっていたので入れました。(いつもぼくは安くなっている肉しか買わないのです。ちょっと切ないですね)それから、しょうゆと料理酒が切れているのを思い出し、それぞれかごに入れました。450グラム入りのスパゲッティとインスタント麺とベトナム麺のフォーを入れました。
階段で一階へおりて、しめじと焼きそばとレーズンバターロールを入れて、さいごに6個入り卵パックを入れ右から二つ目のレジへ行きました。
レジ係の女の子は素敵な笑顔で「いらっしゃいませ」と言いました。目が合ったので軽く会釈をしました。
女の子がバーコードを読み取っている手元をみながら、全部で2000円ぐらいかな、と思いました。2100円にはなるまい。1900円は越えるだろう。スーパーで会計を待つ間はいつも、ぼくは合計金額を予想しているのです。

レジ係の女の子は「1977円になります」と言いました。ぼくは予想どおりだったことに気を良くしながら、千円札を二枚とりだしてレジ係の女の子に渡しました。「二千円お預かりします」女の子がそう言ったときに、また目が合いました。ぼくは1977という液晶の文字を指差して、「ぼくが生まれた年」と言っていました。言ってからすぐに、しまったと思いました。スーパーマーケットのレジは、そんな個人的なことを言っていい場所ではないのです。
案の定女の子はちょっといぶかしげな顔をしてお金を受け取りました。でもレシートと23円のおつりを手渡すときに、いたずらっぽい笑顔になって自分を指差し「23歳」と言いました。

さて問題です。どこから作り話でしょう。
「ぼく」の願望などに考慮して答えてください。
解答時間は3万年です。ちくたくちくたく…

投稿者 tsuyoshi : 2006年11月11日 15:24

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コメント

ぼくは1977という液晶の文字を指差して、「ぼくが生まれた年」と言っていました。

↑ここからかな?

投稿者 のぞみ : 2006年11月12日 01:12

ちくたくちくたく…
えーまだ解答時間中なので、答えは言えません。

投稿者 tsuyoshi : 2006年11月12日 01:26

『いたずらっぽい笑顔になって自分を指差し「23歳」と言いました。』←あなたの願望が表れたこの部分でしょう。

投稿者 れいこ : 2006年11月12日 21:54

ちくたくちくたく…
えーまだまだ解答時間中のようなので、ごく簡単にヒントだけ書きましょう。

つまりこの物語は「ぼく」という主体が表象する現象をどこまで微分していくかということを象徴的に問うているのです。いい換えればテクスト内の語り口を積極的に規定するものは単にその言説的なトポロジーにすぎないのではないかという問題をどのようにスーパーマーケットというコンテクストの中で文学的に脱構築していくかの浮動性と揺れを巡る冒険なのです。それはただ単に今日的にアイデンティファイされる主体を存在の実存的時間へと止揚しようとするある種のモンスターへの仮託なのかもしれません。またそれは永劫回帰する自己言及への鏡像として複数のラングとパロールがシニフィエへと移行する際に発生するエロス的なロゴスをメタファーとしてスポンティニアスな純粋性へと接続する壁を提供しているわけではありません。

えーヒントは以上です。
一人で勝手に三万年考えてろってな感じですね。

投稿者 tsuyoshi : 2006年11月12日 22:49