2007年03月19日

ファミレスの奇跡

最近はよく、「これはいいな」「すばらしいな」と思ったことをブログに書いている。
僕の性格からして、自分の中で発火が起きるぐらい「いいな」と思ったことは、誰かに「あれはよかった」と伝えたくなるからだ。(これはなかなかおすすめのブログの使い方です。おおげさに言えば、「世界を肯定する方へ」と意識を向けていけるから)

先日もそんな書きたくなるようなことがあった。
ぼくはよくカフェやファミレスで書き物をする。自宅と違って集中できることが多いからなのだが、周りの話し声が興味深すぎて、おもわず聞き入ってしまい、まったくはかどらなくなることもままある。

大抵の話し声ならばイヤホンで音楽をきくことでシャットアウトできるのだが、先日は違った。ファミレスで音楽を聞きながら書き物をしていたのだが、音楽の合間に話し声が聞こえてきて、その声のトーンになにかはっとするものがあり、ボリュームを大きくしたりして若干抵抗を試みたが、やがて、行儀が悪いとは思いつつも話に引きずり込まれてしまった。

右前方で二人の女の子が話していた。
一人は私服で一人は制服。おそらくは二人とも高校生だろう。
私服の女の子は茶色系統のカジュアルな服で、落ち着いた感じだが表情がすこし暗い。制服の女の子は、ひかえめで幼さが残っている素朴な感じ。

私服の女の子が、自分を抑制したトーンでとつとつと話していた。断片的にしか聞こえてこないのだが、明らかに、自分の心の危機ついて話していた。学校での人間関係のこと、部活のこと、受験のこと、そして学校に行けなくなったこと、カウンセリングのこと、等々。感情をなるべく抑え、絡まった糸をほぐすように丁寧に言葉を探し、行きつ戻りつしながら話していた。制服の女の子は、ときおりうなずくだけでじいっと聞き入っていた。

私服の女の子が、自分の心の軌跡を丁寧にたどり、涙声になりながらも感情に流されずに言葉にして、そのたどっていた細い糸が現在の彼女にまでたどり着いたところで、聞いていた女の子は堪えきれずに泣いた。顔をおおい、肩を震わせて、しばらく泣いていた。
やがて泣き止むと、なにか深い水をくぐった後のように、二人の顔が急に晴れ晴れとした。そしてそれからは明るい表情で、二人が同じぐらい話し、僕は彼女らから注意を外した。

注意を外してからも、しばらく僕は言葉にできないぐらい驚いていた。
心の危機について、自分を客観視してどうにか言葉を探して話す私服の女の子のクールさに驚き、その非常に深刻な話しに寄り添い、完全に感情移入して聞いていた、制服の女の子の感性のやわらかさに驚いていた。
話す方も聞く方も、そうすることでお互いがお互いに救われているような関係に感じ入ってしまった。
話す方は、共感に後押しされながら自分の心の軌跡をたどり、現在にまでつながっている一つの物語とすることで、聞く方は友人の物語をありありと自分ごととして聞くことで、二人で深い水をくぐるような劇が起こっていた。すごいなあ、うつくしいなあと感じ入ってしまった。話し終えたあとは、奇跡と言いたくなるぐらい劇的に表情が変化していた。

「劇」とか「物語」などと言われるものの原初的なもの、非常にプリミティブな形のものが目の前でありありと起こっていた。なにか問題が具体的に解決したわけではないが、深く共感し/されることで、問題そのものが内側から氷解していくようだった。

投稿者 tsuyoshi : 2007年03月19日 21:27

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