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2008年05月15日

もっとも新しい太古の祭 杉原信幸個展『丸石座』

杉原さんとは寺町くんという共通の友人を介して出会った。彼とは何かと話が合い、何度か会っていろいろと話したのだが、その彼が今度個展をやるとのことなので、ずっと楽しみにしていた。
4月の上旬に案内の葉書が届く。

『丸石座』石と苔の地下石庭

と書かれていた。そして5月6日に詩人の吉増剛造さんと山形淑華さんとでパフォーマンスをやるということが書かれていた。
彼のパフォーマンスはとにかくすごいということを、寺町くんから聞いていた。茂木健一郎さんの本やブログにも彼のパフォーマンスのことは書かれており、それを読むと、とにかくすごい、ということは分かる。
彼のホームページを見てみると、個展の案内とともに、こんな詩がのっていた。

潮にゆられた丸石には、タマが宿っている
丸石の敷きつめられた座(くら)に
縄文石のストーンサークルの
大地の草葉の境界のあざやかさ
そのヴィジョンが浮かびあがる
地の反転、緑柱のそそり立つ座に
太古の祭がよみがえる

6日は絶対に行こうと思ったが、その前に、静かな状態も見てみたいなと思い、まずは3日に見に行く。

恵比寿駅から8分ほど歩いた、おしゃれなビルの裏手の、勝手口のようなところが会場の入り口だった。知らなければ、まず見落とすような場所だ。
入り口は普通のマンションのように鍵がかかっていた。地下の展示室にお越しの方は102を押して下さいとあったので、インターホンで102を押すと、しばらくして杉原さんの「どうぞ」という声が聞こえて鍵が開いた。
せまい螺旋階段を降りると薄暗い受付に杉原さんが座っていた。杉原さん以外にお客さんはいない。挨拶をしてから狭い廊下を歩き、会場に入る。

会場はがらんとした無機質な白い壁の、三十畳ほどの空間だった。
入り口には人の頭ほどの大きさの丸石が二つ、境界を示すように置かれていた。ここから先は異界なのだという緊張感を感じながら、その丸石の間を通る。そのとき空気が急に、なにか静謐なものに変わる。

会場の中程に丸石が敷き詰められ、苔の柱が環状に建っている。作品は蛍光灯に照らされている。それはなにか妙に好奇心を刺激される形をしていた。近づいたり、遠ざかったりし、様々な角度から、これはおかしなものだ、なにかとても変なものだと思いながら見て回る。

よく見ると、丸石にも二種類あることが分かる。茶色がかったものと、瑞々しいまでに滑らかなもの。その二種類の丸石が、螺旋でもない、渦でもない、なにかよく分からないからみ方をして置かれている。そしてその丸石の中に、胸ぐらいまでの高さから膝ぐらいまでの高さの十本の苔の柱が環状に立ち、一本だけその輪の外に立っている。さらにもう一本、会場の奥にある窓の外、地上との通気口あるいは明かり取りのような場所に立っている。苔の柱はうっすらと湿っていて、柱の基部の石も濡れている。おそらくは杉原さんが毎日、苔に水をあげて育てているのだろう。

しばらく見てから会場をでて、杉原さんに聞くと、茶色い石は川原から、そうでないものは海岸から拾ったのだという。苔の柱の中は流木で、そこに苔を貼付けたのだという。


6日に、もう一度会場へ行った。
案内の葉書には、「日暮れより 丸石座開演」とある。
恵比寿駅には五時頃着いたのだが、まだ十分明るく、これは「日暮れ」ではないなと思い、しばらくは写真美術館などへ行き時間を過ごす。それから少し西日になってきたかなというころ(六時すこし前ぐらいだっただろうか)、会場へ行く。

前のようにインターホンを押し、今度は杉原さんではない女性の声で「どうぞ」と声がして、中に入る。受付を済ませ、会場に入ろうとすると、杉原さんが会場から出てきた。なにか、本番を前にした、ただならない雰囲気に包まれていたので、少し会釈をしただけで中に入る。

会場の中は、前回とは対照的に、入り口付近まで立ち見になるほど混雑している。中を覗くと、どうやらもう始まっているようだった。

会場の中ほど、作品の前に座り、二人が何かをしている。でも何をしているのかよく分からない。おそらく詩人の吉増剛造さんと、山形淑華さんなのだろう。観客はめいめい壁際に座ったり立ったりし、二人を見つめている。静かで、張りつめた緊張感がある。

入り口で僕は、これはなにかすごい場所に迷い込んだなという気持ちになる。でも、ここまで来てしまったのだから引き返すわけにはいかない。奥の方の壁際に座れそうな場所があったので、入り口の混雑をぬけて中に入り、壁際にしゃがんだ。

会場には二三十人ぐらいいただろうか。若い人がおおい。みな静かに二人のパフォーマンスを見つめている。
山形さんは、服をすっぽり頭にかぶり、うずくまり、どこから出ているのか分からない高い声を出している。それほど大きな声ではないが、巫女のような、呪術的な声。吉増さんは正座し、何か、字を書いたり、口に何か鈴のような楽器をくわえ、それを鳴らしている。しばらくは二人の静かなパフォーマンスが続いていた。

やがて会場の明かりが消えた。
ややあって、波打ち際の映像が作品の上に投影され、波の音が会場に流れた。
そして次の瞬間に、何の前触れもなく、上半身裸の杉原さんが、苔の柱でできた環の中、作品の中心に飛び込んだ。丸石が大きな音をたてて飛び散る。地下の会場だからか、異様に大きな音が響く。
それから立ち上がり、また丸石の上に倒れ込む。丸石に足をとられ、激しく転倒する。また立ち上がり、また転倒し、壁に激突する。それから波の音に揺られるように、杉原さんは作品の上をクラゲのように漂う。ときおりまた丸石を踏み、激しく転倒する。その度ごとに、丸石がぶつかりあう音がする。そうやってしばらく作品の周りを漂ってから、今度は奥の窓の外へ出て、そこに置かれている苔の柱を抱え、戻ってきた。そしてその柱を立て、柱にしがみつき、しばらく動かなくなった。

それから今度は、苔柱の環の中心に座り、一つの丸石を手にし、渾身の力で別の丸石に打ち付けだした。丸石と丸石がぶつかる大きな音が響く。何度も何度も、石器を作っているかのような動作で、丸石を打ち付ける。その度ごとに、石がぶつかる、くぐもったような、鈍く、大きな音が、地下の会場に反響する。

やがて吉増さんが朱色の文字がかかれた和紙を掲げ、それを上から下へと、ゆっくり破いていった。そして破いた紙を、プロジョクターから投影されている波打ち際の光にかざす。山形さんはずっと高い声を出していたが、やがてうずくまり、動かなくなってしまった。しばらくしてから、杉原さんは、ふらふらと会場を出ていった。

しばらく静まり返っていたが、やがて吉増さんが、これで終わったということを告げた。プロジェクターが消され、明かりがつき、会場の張りつめていたものが解け、ほっとした空気に包まれる。どこからともなく拍手が起こり、長い間大きな拍手が続いていた。やがて杉原さんが拍手に迎えられ戻ってきた。

地下の会場を出ると、外は暗くなっていた。
しかし洞窟から明るい場所に出たような、とても清々しい気持ちになっていた。

 *

この文章は、パフォーマンスがあってから十日ほど後に書いているのだが、まだあのときの光景と音が、くっきりと残っている。
どんな解釈も受け付けず、理性的に理解しようとする行為を砕かれるようなパフォーマンスだった。
杉原さんが、苔柱を抱きしばらく動かなくなったとき、僕はなにかとてもおかしくて、でも同時に、なんだかとてもかなしくも感じていた。丸石を渾身の力で叩き付けていたときは、思わず近くにある石を手にとり、僕も叩き付けたくもなっていた。

パフォーマンスが終わった後、会場では簡単な食事が出された。
先ほどまで、丸裸の魂になっていた杉原さんだが、異界から戻ってきたようで、僕が知っている静かに話す杉原さんになっていた。

彼にどこまで内容を決めていたのかと聞くと、全く決めていなかったと言った。吉増さんや山形さんとも、一切何も打ち合わせていなかったそうだ。「電気を消して、プロジェクターで映像を映してから始めるというところまでは決めていたけど、あとは、何をするのか、自分でも全く分からなかった。」と言っていた。

ある女の人が、この作品が都会の真ん中の、このようなギャラリーに展示されていることがとても不思議、と杉原さんに言っていた。
それを受けて杉原さんは、本当は土の上でやりたい、空の下で、自然光の中でやりたい、と言った。

ぼくも、この作品が土の上に置かれていることを想像し、ああそれは本当にいいなと思ったが、燦々とした太陽の光の下では、ちょっと明るすぎるなとも思った。作品も、あのパフォーマンスも、月の光、あるいは焚き火の明かりで見てみたい。あるいは洞窟のような場所もいいなと思った。

でも、ギャラリーが地下にあるというのはとてもよかった。恵比寿のような都会の真ん中でも、その地下に、あのようなわけの分からないものがあるということがよかった。この場所でやることになったのは、前回のパフォーマンスを見たギャラリーのオーナーから誘われたからということで、地下にあるのは偶然なのだろうが、そういう偶然を引き寄せる力が杉原さんにはあるのだろう。

このようなパフォーマンスは、祭りのようなものだと杉原さんは言っていた。制度化される前の、原初的な祭り。とても古く、そして最も新しい形の祭り。ひととき理性の蓋がとれ、あらゆる言葉を飲み込む渦のような場を作り、そして見るものすべてを、わけの分からない場所まで連れ去るパフォーマンスだった。そして終わると、蓋はきっちりと閉じられ、また元の日常の中に戻る。

片付けを手伝った寺町くんは、丸石は土嚢袋何十袋分にもなっていたと言っていた。あれを一人で川原や海岸から拾い、一人で運び(何回も、背負ったりして運んだのだという)、ひとつひとつ丁寧に並べていった、その労力はちょっと信じられないと言っていた。

静かな地下の暗い場所で、ひとりでこつこつと石を並べ、祭りの準備をしている光景を想像すると、大変であることは確かだけど、なんだかとても楽しそうだ。きっと一つ一つ、丁寧に置いていったのだろう。そのように、都市の地下で、裏庭のような場所で、黙々と庭を造り、それを手入れする庭師のような仕事。そうやって現れた庭は、彼の内界であると同時に、この都市に住む人たちの、普段は決して見ることのできない内界でもある。

あの苔柱と丸石で作られた形や、石が打ち付けられた音や、杉原さんの動きなど、あのときあの場をたった一度だけ満たしたものが、記憶の中で、波に揺られるようにまだ漂っている。


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『丸石座』の写真(杉原さんのブログへ)

杉原さんのかつての「行為」については、茂木健一郎さんのブログで読むことができます。
切り株と頭
夢燃やしの競争

投稿者 tsuyoshi : 05:33 | トラックバック