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2008年10月19日

ケモノとシジンのマツリ 『白蛇ー神庭(カムイミンタル)』杉原信幸×山形淑華

先月の下旬、杉原さんから展示の知らせが来た。
長野県の木崎湖畔にある西丸震哉記念館にて、杉原さんと山形さんの展示とパフォーマンスがあるのだという。追って連絡があり、10月12、13日の連休あたりにパフォーマンスを行うとのこと。パフォーマンスに合わせ、長野へ行くことにした。

西丸震哉記念館へは、今年の春にも訪れている。そこは探検家、食生態学者の西丸震哉さんの収集品を展示しており、杉原さんはその建物や空間のデザインを担当したのだという。記念館の裏が杉原さんの実家になっており、その裏にかつて旅館だった建物が半分残されており、杉原さんのアトリエと住居、来客者の宿泊場所になっていた。

春に来たときはちょうど田植えの時期で、杉原さんの友人のYさんの田んぼで田植えを手伝わせてもらった。Yさんは東京から木崎湖へ移り住み、無農薬、有機栽培、合鴨農法で米を作られる方で、たまたま田植機の調子が悪く、人手を必要としていたので、喜んで手伝わせてもらったのだ。裸足で泥の中に入り、一つ一つ苗を植えて行くことがとても楽しく、あの春に植えた苗がどうなっているのかを見たいと思ったのも、長野へ行く大きな理由の一つだった。

朝新宿を出たバスは、五時間ほどかけ、予定より一時間遅れて信濃大町駅前に着く。ここから二駅ほど電車に乗った稲尾駅が最寄り駅なのだが、時刻表を見ると電車が来るのは一時間後。駅にある地図を見ると木崎湖畔まで4、5キロといったところ。バスの中に長い時間座っていたのでちょうど歩きたかったところでもあり、歩いて行くことにする。

朝からなにも食べていなかったので、駅の売店でおおきな肉まんを一つ食べ、それから地図を頭に入れて歩き出す。商店街をぬけ、国道を北へと進む。空が広く、視界の先には山があり、東京から来るとこんななんでもない道でも嬉しい。でも実はすこしそわそわしてもいた。果たして杉原さんの展示とパフォーマンスを見るために、いったい何人の人が長野まで来るのだろうか? もし僕だけしかいなかったらどうしようかと思ったりする。杉原さんのパフォーマンスはとにかく迫力があり、一人で見るのは正直こわいのだ。でも、東京のギャラリーでやるのとはわけが違うので、気楽に行くというわけにはいかない。行きたくても日程が合わないという人も多いだろう。前回の丸石座のときのような人数ではないことは確かだった。

一時間ほどで記念館にたどり着く。
中に入ると、杉原さんと杉原さんのお父さんがいて、挨拶をする。杉原さんは毎日山にキノコ採りに行ってるそうで、ずいぶん元気そう。二階から山形さんも降りてきた。彼女とは夏の初めに会って以来だ。ずいぶん髪が伸びていた。彼女もなんだか遠足前の子供のような感じで、元気そう。たまたまその日は西丸震哉さんご本人も来館されていて、杉原さんに紹介される。喜望峰から日本まで自転車で旅したということを紹介されると、ちょっと嬉しそうな顔をされ、それから「その経験がどんな役に立っていますか」と言われる。僕はとっさに「たぶんなんの役にも立っていないと思います」と答え、一同、笑う。なんだかこうやってあの旅をほどよい距離で眺められるようになっているのが嬉しい。西丸さんもうなずいて「無理に役立てようとする必要はないからな」とおっしゃられていた。きっと旅の経験は、直接的にはなんの役にも立たないけれど、あらゆることの後ろ側でいまでも息づき、すぐにぶれてしまう軸を正してくれるもののような気がする。もちろんこれは旅の経験だけではないけれど。

記念館の一階は食事もできるようになっていて、記念館特製カレーをナンとともにいただいた。とてもおいしい。食べていたら、杉原さんの友だちが二人到着した。OさんとTさん。杉原さんの高校の同級生だという。これでパフォーマンスを見るのが僕ひとりではなくなりすこしほっとする。食事をしながら、西丸さんご夫妻と話をする。夏にアルタイ山脈に皆既日食を見に行ったことを話すと、お二人はもう金環日食を入れると7、8回も見たことがあるということが判明し、しばらくは日食についての話が弾む。食後、ハーブティーを飲みながら、OさんTさんと話す。

お茶を飲み終えてから、いよいよ展示を見る。

記念館の地下に行くと、そこが展示室になっていて、手前の部屋に杉原さんの油絵、奥の部屋に山形さんの「白蛇」という詩と映像作品が展示されていた。まずは山形さんの映像に見入る。今年の夏、韓国と島根を旅したときに撮られたものらしい。川の流れをじっと見入るように撮ったもの、海のうねりに光が反射したもの、おおきなしめ縄がかけられた大木、風にゆれる網、洞窟のような場所、彼女のセルフポートレイトなどの映像が、次々と静かに切り替わる。どれも動きのある写真のような、静かな、深い視線のもの、あるいはその微妙な光や風の加減がハッとするほど美しいもの。山形さんはよくビデオカメラを持っていて、子供がありの巣に見入るようにじっとなにかを撮っているのだが、それがこのような視線のものだったのかと始めて知る。

次に杉原さんの油絵に見入る。鳥をモチーフにした、様々な色がねじれるようにうねる抽象的なもの。明るい生命力を感じさせられる作品。絵の具がねじれながら盛り上がり、他の色と混じりあっていた。
前回来たときはここに杉原さんの「裂け目」を描いたと思われる恐ろしい作品があった。黒々としたキャンパスの真ん中に、微妙な色加減で黒い裂け目が描かれており、以後あの裂け目が脳裏に焼き付いてはなれなくなっていた。あの闇の中の裂け目から、鳥がメタモルフォーゼしたような、生命力の塊のようなカラフルなものが出てきたのだろうか、などと思う。

地下から二階に移動する。

ここがメインの展示室になっていた。部屋の真ん中に、白い貝殻が楕円形に敷き詰められた「神庭(カムイミンタル)」と題された、杉原さんの作品が展示されている。ちょうど窓から斜めに光が差し込み、作品の上が明るく照らされ、はじめ見たときに、眺めのいい場所に出たような、視界が開けていく感覚があった。平たく光沢のある貝殻が中心付近に敷き詰められており、それがどこかの地形のような形をしている。周りはよく波に洗われた、白い、つやのない貝殻が敷き詰められている。そしてよく見ると、白い小さなドライフラワーのような花が3、4本立っている。白く、乾いた、化石のような、清々しい印象。情念が浄化された後の、もっと広い場所へと開いていくような印象。

展示室には、西丸さんがかつて収集したパプアニューギニアの人の頭蓋骨も置かれていた。その頭骨の白さと、貝殻の白さが、同質のようなものに感じられる。しかし僕は遺跡から発掘される骨の掃除や整理、同定などのアルバイトをしているので、頭骨をみるとどうしてもこれがどのような骨かと細部に見入ってしまう。(第三大臼歯は萌出しているから成人だな、眉間眉弓はかなり隆起し、乳様突起も大きいのでまず男性だ、江戸時代の人骨ではありえないぐらいかなり彫りが深い、南方の顔だ。頭骨の縫合がまあまあ癒着しているから、それなりに歳はとっていそうだ…等々)

その頭骨の横に、赤い巻貝で作られた大小ふたつの山がある。兎と題された、山形さんの作品。確かに兎と言われれば、そう見えなくもない。(ずっとあの兎はなんなのだろうかと思っていたが、これを書いているときにふと「因幡の白兎か?」と思い、どんな話だったのか調べてみる。ワニを騙し海を渡った白兎は、しかし最後の一匹のワニに皮を剥がれてしまう。そして通りがかった神様に助けられるという話だった。もし因幡の白兎だとすると、あの赤い巻貝の兎は、皮を剥がれた白兎、なのだろうか。)

壁には、大きな和紙に筆で書かれた、山形さんの詩が展示されている。言葉の断片をちりばめたような詩。ひとつひとつの言葉は読めるが、それが連なっても、意味が流れ込んでこない。彼女の詩はいつも、わからない。言葉の出し方が、日常的な言葉とはまるでちがう深みから取り出されているようで、まだ意味に分けられていない言葉、とでもいう気配がある。山形さんはいつもノートと鉛筆を持っていて、気がつくとそこに何かを書いている。幼稚園児が没頭して怪獣の絵を書くように、夢中になって書いている。しかし何を書いているのか見せてもらっても、文字らしきものが書かれているのは分かるが、読めない。単語が部分的に読めても、わからない。分からないというより、「分けられていない」という感じ。なんて書いてあるのかと本人に聞いても、本人さえ読めなかったりする。でもあの没頭して書いている様子には、なにかすごいと思わせられる気配がある。こういう詩を前衛的と言っていいのかさえわからない。言葉にならない言葉を、そのままとりだしたような詩。これはぜひ朗読を聞いて、「声」から何が書かれているのかを知りたいなと思う。

一階に戻り、OさんTさんと話していると、杉原さんが来て、キノコ採りに行こうと言う。荷物を置いて、ビニール袋を持ち、記念館のすぐ裏の山の斜面に入って行く。杉原さんはすごい早さでケモノのように辺りを歩き回る。彼の中でぐるぐるとすごい勢いでダイナモが回転している感じ。すぐに見えなくなってしまう。でもかれの持っているキノコを入れるかごには熊よけの鈴が付いていて、それが遠くからでもよく聞こえるので、OさんTさんと「あっちから聞こえた」「こっちのほうだ」と、鈴が鳴る方へと杉原さんを追いかける。やがて「おーい!」と声がして、答えて、合流する。そんなことを繰り返し、裏山の斜面を上がり、尾根筋を歩き回る。クリタケ、ハナイグチ、ホテイシメジなどを、杉原さんに教えてもらいながら採る。薄暗くなるまでキノコ採りをし、戻ってきてすぐに洗い、下ごしらえをし、事前に杉原さんがとっておいてくれたウワバミソウも入れ、キノコ山菜鍋になる。ご飯は、Yさんの田んぼでとれた新米を、精米したてのもの。夕方に東京からバイクに乗ってSさん登場。みなで、おいしいおいしいと鍋を囲む。

翌朝起きると、杉原さんはいない。一人でキノコ採りに行った様子。僕たちはSさんが持ってきた竿で釣りをするが、釣れない。近くの木崎湖温泉に入る。
昼前に、杉原さんがかご一杯ハナイグチを山盛りにして戻ってきた。きっと昨日は僕たちがいたからあれでもあまり歩き回らなかったのだろう。ひとりだと思う存分歩き回れるからか、僕たちがいたときよりも収量ははるかに多い。昼も、昨日の鍋にキノコなどを足したものと、お焼きなどをいただく。

午後、記念館の近くにクルミの木があり、クルミをたくさん拾う。それから記念館の一階でコーヒーを飲んでいると、杉原さんの友だちが二人、しばらくして、もう一人、到着する。みなで話したり、もう一度作品を見たり、前回の丸石座のパフォーマンスの記録映像を見たりしていたら、日が傾いてきた。パフォーマンスは日暮れに行われることになっている。そろそろかなと思っていたら、杉原さんが来て、はじめるからこいつに付いてってと言う。見ると、ちいさなリュックサックを背負い、頭からすっぽりとシャツをかぶり、オレンジ色になったホオズキの実を口から垂らし、稲穂を手にしそれで顔を隠した座敷童子のような姿の山形さんが、記念館の前にちょこんと立っている。僕たちはぞろぞろと記念館を出た。杉原さんはすぐどこかへいなくなった。こうしてマツリは始まった。

山形さんの前に、みな並ぶ。山形さんは無言で稲穂を皆の前にかざし、一人一人に礼をし、歩き出す。その後に、一列になってみな続く。
家の裏をぬけ、蓮の畑を横をとおり、田んぼのあぜ道を歩く。左手には木崎湖。つめくさの土手を登り、さらにあぜ道を歩くと、Yさんの田んぼが見え、Yさん一家(Yさんご夫婦、小学生、中学生ぐらいの女の子二人)が田んぼの前に待っているのが見える。山形さんの姿に、二人の女の子はちょっとびっくりし、何が始まるのか、怖くもあり、楽しみでもある様子。
Yさんの田んぼにたどり着き、山形さんは振り返り、皆に無言で中に入るように促す。
田んぼは、稲刈りが終わり、刈り取られた稲がはぜがけに天日干しされている。二枚のYさんの田んぼの間のあぜに、みな移動する。そしてなにが始まるのか、じっと山形さんを見守る。

山形さんは田んぼの前で、靴を脱ぎ、裸足になって、まだぬかるんでいる田に入っていく。そして持っていた稲穂を、はぜがけにされた稲にくわえる。それから、ゆっくりと動き出した。

ゆっくりと、手を動かし、足を動かし、前屈みになる。やがて、とても高い、笛を吹いているような、細い声が彼女から聞こえてきた。はじめは聞こえるかどうかというかすかな音。やがてゆっくりとうねるように大きくなっていく。人の声とは思えないような、高く、震えた声が、夕暮れの、湖を望む田んぼに、徐々に響いていく。それに答えるかのように、どこか遠くで、鳥の鳴き声、カモの鳴き声。湖では、ブラックバスを釣る釣り人の船が浮かぶ、いつもの夕暮れの光景なのに、このYさんの田んぼの辺りだけ、いつもとは全く違う、異界が現れようとしていた。

しばらくは静かに山形さんの声に聞き入っていたが、ふとなにかただならない気配を感じ振り向くと、後方から、田んぼの横を流れる用水路の中を、杉原さんが、ゆっくり、前屈みになり、近づいてきていた。辺りに急に、黒々とした影のような、ケモノじみた気配が漂う。用水路をつたってたどり着いた杉原さんは、用水路の中に横たわり、完全に身を浸す。それから急に、激しい動きで水を何度か叩き、上衣とズボンを脱ぎ捨て、短パン一枚になり、田んぼの一番ぬかるんでいる場所に入り、そこに身を横たえる。そして爬虫類が泥の中を動くような動作で、手も、足も、体も、顔も、全身泥まみれにしていく。それから立ち上がり、舞を舞い始めた。身体が動くに任せた、漂うような、激しく求めるような動き。

山形さんが、背負っていたリュックサックを下ろし、中から和紙に墨で書かれた詩を取り出す。皆に背を向け、湖の方を向き、和紙を両手で持つ。そして、あのちいさな体のどこにこれほどのエネルギーがあるのか、命がそのまま声になったような、とても激しい、叫ぶような音量で、第一声が彼女の口から発せられ、詩の朗読が始まった。言葉の断片が、声になり、空気を震わし、辺りに満ちていく。刈り取られ、天日干しにされている稲穂に、その稲穂を育んだ土に、目の前の湖に、響いていく。山形さんは詩を手にし、田んぼを歩き回り、言葉にならない言葉を、ありったけの声にしていく。ときおり自身の声に体勢を崩し、田んぼに倒れる。また立ち上がり、和紙を握りしめ、声を発する。「シ」という音が、絞り出されるように口から出るのを聞いた。ときおり挟まれるあの、高音の歌声を聞いていた。

杉原さんは、泥から生まれたケモノのように、泥まみれのまま田んぼのあちこちを徘徊し、踊りを続けていた。近くに来たときに、彼の口からもなにか、うめき声のようなものが漏れているのを耳にする。それから急に身をひるがえし、全速力で湖の方へ走り出した。あ、飛び込むと思うのと、飛び込む音が聞こえるのが同時だった。やがて、また戻ってきて、来たときと同じように、ゆっくり、ふらふらと、背をかがめ、用水路を伝い、記念館の方へと行ってしまった。

もう陽は沈み、背後から満月が出ていた。
山形さんも詩を読み終え、皆の前に戻ってきて、歌うように、終わったことを告げた。大きな拍手が起こる。それからぞろぞろと農道を歩き、みなで記念館へ帰る。

記念館では食事の用意がされていた。しばらくしたら杉原さんも戻ってきた。みなで乾杯をし、それから夜がふけるまで、食事をし、ギターを弾ける人がギターを弾き、ピアノを弾ける人がピアノを弾き、歌や、即興演奏の宴会のようなものが続いた。とても怖いものを見たあとだからか、お腹が空いていて、手製の餃子や、バーベキューや、キノコ鍋や、Yさんの新米のキノコご飯や、玄米、煮物、サラダ、などをお腹いっぱいいただいた。

翌朝、またみなでキノコ採りをする。
昼食はキノコほうとう鍋。やがて、ひとりまたひとりと東京に帰っていく。
僕も木崎湖を後にする。信濃大町駅まで一時間ほどの道のりを歩き、高速バスで新宿へ戻る。バスは渋滞に巻き込まれ、二時間ほど到着が遅れた。

木崎湖を後にする一時間ほど前。
近くの川で魚がとれるかもしれないしれないと、杉原さんと山形さんと僕の三人で農道を歩いていたときのこと。
道の真ん中にちいさなヘビがいた。
S字型に体をくねらせ、道路を横断しているようではあったが、ぴくりとも動かない。おそるおそる近づき、覗き込む。目は開いていて、生きているように見えるが、やはりまったく動かない。舌がちょろちょろと出たり入ったりしていない。さらによく見ると、体の一部が裂けていて、肉がはみ出している。どうやら何かに轢かれ死んでしまったようだ。「どうする?このままにしておく?どこかに埋める?」と山形さん。じゃあ水葬にしようと僕。大きめの葉っぱをちぎり、それでヘビをつかみ、田んぼの横を流れる用水路に放つ。ヘビはすぐに流されていった。「あ、流れていっちゃった」と、おおあわてという感じで山形さんが手を合わせる。僕も手を合わせる。そんな様子をちょっと遠くで杉原さんが見ている。

なぜだかその様子が、三日間の長野の旅をしめくくるようで、バスの中でも、東京に戻ってきてからも、繰り返し思い出されるのだった。



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『白蛇ー神庭(カムイミンタル)』の案内
(杉原さんのブログ。展示は10月26日までだそうです。)

前回の展示について書いた文章
もっとも新しい太古の祭 杉原信幸個展『丸石座』

投稿者 tsuyoshi : 03:00 | トラックバック

2008年10月17日

「Altai Eclipse」写真展示のお知らせ

阿佐ヶ谷にあるcalcutta cafeで、今年の8月にロシアのアルタイ山脈で撮ってきた写真の展示をします。

土日はなるべくカフェにいようと思っています。
事前に連絡をいただければ、平日でも行くことができます。
カフェから徒歩数分のところに住んでいるので、
店主のじょーさんに言っていただければ直接呼びだすこともできます。
店主がひとりで切り盛りされているとてもちいさな、女の子の部屋のようなカフェで、
男が一人で入るには若干躊躇するかも知れませんが
ひるまず入って下さい。
はじめましての方、久しぶりの友人、よく会う友だち、等々、
お会いできること楽しみにしています。


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「Altai Eclipse」


10-16-2008_001web.jpg
(ロシア、アルタイ山脈、アッパーシャブリンスキー湖、皆既日食30分前の写真。まだ普段とほとんど変わらない明るさ。)


8月1日にロシアのアルタイ山脈で皆既日食が見れると、夏の初めに聞いた。
皆既日食とは太陽が月に完全に隠される現象のこと。そのとき空はにわかに暗くなり、太陽の周りに普段は見ることのできないコロナが現れるのだという。僕は皆既日食を見に行くことにした。

日本から西シベリアのノボシビルスクへ飛ぶ。そこから寝台列車とバスを乗り継ぎ、小さな村でおりる。アルタイ山脈を奥へ奥へと歩く。峠を越え、高山植物が咲き乱れる草原をぬけ、氷河に削られた広い谷をさかのぼり、雪山を背にしたシャブリンスキー湖にたどり着く。8月1日午後5時半過ぎ、僕は湖を見下ろす大きな岩の上に腰かけ、皆既日食が始まるのを待った。


月と太陽の円環的なリズムを貫くように現れる白い環
それはあまねくものへと開かれた光景
扉は数分間だけ開き
そして何事もなかったかのように閉じた


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「Altai Eclipse」

期間:2008年11月16日(日)〜11月30日(日)
場所:calcutta cafe
open:chai time 12:00〜15:30
Dinner time 18:00〜21:30
(15:30から18:00は閉まっているので注意)
定休日:月曜(期間中17日、24日は定休日)

ただし初日の16日のみ
chai time 12:00-15:00
Dinner 19:30-21:30。
のオープンになります。

詳しい道順はこちら
なお土日は阿佐ヶ谷駅には中央線の快速は停まらないので注意して下さい。
カフェなので1オーダーお願いします。

紀行文はこちらです「アルタイ山脈、エクリプス紀行



投稿者 tsuyoshi : 10:44 | トラックバック

2008年10月08日

日食の写真を展示します

ひょんなきっかけで阿佐ヶ谷にあるちいさなカフェの店主じょーさんに出会い、ロシアのアルタイ山脈で撮ってきた写真をカフェの壁に展示させてもらえることになりました。

場所はcalcutta cafe
期間は11月16日から11月30日(月曜は定休日)

その他詳細は決まり次第また更新します。
ぜひ来て下さい。


紀行文はこちら「アルタイ山脈 エクリプス紀行

投稿者 tsuyoshi : 01:06 | トラックバック