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火葬鳥葬

 
 インドのバラナシに着いてからすでに二十日間が経過していた。
 何をしたわけでもない。ただバラナシの町を散歩し、ガンガー(ガンジス川)を眺めていたら二十日間が経過していた。

 ガンガーにはあらゆるものが流れ込んでいた。洗濯の排水も、体を洗った石けん水も、トイレの排水も流れ込んでいた。祈りに使われた花やロウソクや色のつ いた粉も流されていた。動物の死骸も人間の死体も死体を焼いた灰も流されていた。濁った河に入り底に立つと、足の裏にヘドロを触っている感触があった。

 朝、ガンガーで沐浴や洗濯をする人々を眺めながらチャイを飲む。友人たちと一緒に船を借り、河を渡り対岸の不浄の地を歩いて廻る。子牛の死体を野良犬が 食べていたり、祈りに使われた花びらがたくさん落ちていたり、白骨化した死体が打ち上げられたりしていた。

 漂着した死体を眺め、火葬場で焼かれ灰になる死体を見つめていた。細い路地裏を歩き、死を待つ老人たちを眺め、物乞いが差し出す手を見つめていた。路地 裏には野良犬や野良牛が歩き回っていた。夜はガンガーの沐浴場で祈りが行われるのでじっと見ていた。夜、船から見る火葬場に立ち上る炎が幻想的だった。ロ ウソク売りの少女からロウソクを買い、火をつけて容器に載せ河に流した。


 火葬場で死体が焼けてゆく様を見ながら、僕はチベットで見た鳥葬のことを思い出していた。山奥にある僧院の裏山での、あの曇った朝の光景を思い出してい た。

 谷を見下ろす緩やかな斜面に、石が直径十メートル程の円形に敷き詰められていた。薄い霧に覆われた、今にも雨が降り出しそうな寒い朝だった。ときおり霧 の隙間から広い谷が見渡せた。
 待っていると、遺族に背負われ白い布にくるまれた遺体が三体運ばれてきた。そして数回鳥葬場をコルラしたあと、隅に寝かされた。気の早いハゲタカやカラ スがどこからか次々と集まり、鳥葬場の近くの斜面に舞い降りた。

 三人の遺体を解体する僧が、一体ずつ無造作にナタで布を切り裂いた。中からごろりと全裸の遺体が出てきた。二体の老婆と、一体の中年の男だ。死後何日も 経っているためか、遺体は青く変色していた。

 僧は片方の手にナタ、もう片方の手にカギ型の道具を持っていた。カギ型の道具を遺体に打ち付け、持ち上げ、ナタで頭皮を、胸を、手足を解体しだした。脳 みそがこぼれ、内臓がはみだした。急に凄まじい腐臭が辺りに漂った。ハゲタカが急にそわそわしだし食べようと近寄ってくるが、まだだと遺族に止められてい た。

 食べやすいように解体し終わり僧が離れるのと同時に、何十羽というハゲタカが突進してきた。まずやわらかい内臓や脳みそを奪い合うように食べていた。死 体が無数のハゲタカについばまれ、まるで操り人形が踊っているかのように動いていた。カラスは中に入れずに、飛び散る肉をついばんでいた。そして五分あま りでほとんど骨だけになったが、手足の指などの食べにくい部分はまだ残っていた。

 また僧がハゲタカをどけ、死体に大麦を炒って粉にしたツァンパをふりかけ、ナタで骨をさらに解体し、ハンマーで粉々に砕いた。そして砕いたものを団子状 にし、またハゲタカに食べさせた。始まってから終わるまで、四十分ほどで肉も骨もすべてなくなっていた。

 遺族は無表情で見つめているだけだった。遺体は鳥葬場に運ばれる前に魂を抜く儀式が施されているのだという。だから肉体はもう不要なのだという。不要な ものなら他の生き物に役立てようという利他の精神が鳥葬にはあるらしい。火葬に必要な木が生えていないということも鳥葬を行う大きな理由らしい。


 バラナシの火葬場のわきには大量の木が積まれていた。そして一体を荼毘に付すたびに、一山の木が消費されていた。一体を灰にするのにこれほどの量の木が 必要だというのは意外だった。点火してから灰になるまでじれったいほど時間がかかるのも意外だった。一体焼くのに三時間以上かかるのだという。

 バラナシには火葬場がいくつもあった。散歩をしながら一日に何度も火葬場の近くを通った。そのたびごとに立ち止まり、しばらく眺めて、また歩いた。そし て別の火葬場でまたしばらく眺めて、また歩いた。いつでも炎があがっており、いつでも死体が焼けていた。


 旅は見るだけだとつくづく思っていた。その土地へ行き、出会い、見て、別れる。そんなことをもう三年近くもしていることになる。いろいろな瞬間があるけ れど、通過する、移動する、見る、ということを繰り返していた。

 見て、その結果自分の中に融けないで残るものがあるのかないのか、それは分からない。そんな何かを求めているのかどうかも定かではない。僕は、ただ見る だけだと思っていた。

 二十日間が経っていた。ある旅行者が、数日後にブッダガヤでダライラマによる集会が行われるらしいと教えてくれた。数十万人のチベット人が集まる大規模 なものだという。ブッダガヤで行われるのは十数年ぶりらしい。いつものように荷物をまとめ、自転車にくくり付け、出発した。


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